7月

ハクソーリッジ

デズモンドの信仰心からくる行動に圧倒された。「信仰」がここまで人を動かすなんて思っていなかった。

なんとなく見たいという衝動で見に行った気がする。
甘いラブストーリーが展開される序盤を観ていた時に、これからショッキングな映像体験が待ってるなんて思いもしない。

武器をもたないデズモンドが人の命を救うために、敵がうろついている戦場に何度も戻る行為は、異常な姿だった。人命救助とはいえ、自分の命を絶体絶命な環境へ晒しにいくのは理解できなかった。

それほど戦場シーンは残虐で、体を縮こませて目を細めながら観てしまった。めちゃくちゃ怖かった。もう一度アメリカ軍がハクソーリッジに行くと言った時、まだ戦闘シーンやるの!?もう観たくない!と思った。

そこまでして人を助けることに執着しているのは信仰心ゆえ、っていうのが衝撃的。信仰って何!?!?!?

 

沈黙-サイレンス-

たまたまアンドリュー・ガーフィールド×キリスト教作品を連続で観た。

やっぱり私にとって、信仰心がここまで人間の行動を支配していることが不思議でしょうがない、理解できない次元。でもキチジローとパードレは行動にとらわれず心の中だけでも信仰を続けてた。神は沈黙を続けるのになぜ?考え方の違いが知りたい。

それにしても、あんなにもキリスト教の弾圧が厳しかったのは日本だけなのか。

 

私は、ダニエルブレイク

母親が食べ物を配給してくれる場所でトマト缶を口にしちゃうシーンに泣いてしまった。ロンドンの制度とか役所のシステムがひどかったけど、実際もあんな感じなのかしら。

 

獣道

伊藤沙莉須賀健太吉村界人もアントニーもめちゃくちゃよかった。ストーリーも面白かったけど、登場人物の感情の動きがあまり読み取れないところが好きじゃなかったかも。疑似家族が崩壊したくだり然りアントニーの環境の変化然り。

須賀健太がめちゃくちゃ可愛かったよ〜。

 

「ていで」/ナカゴー

最初のやつ意味わかんなかった。笑
ちょこちょこ面白かったけれどあんまりよく分からなかった。演劇はもうちょっと量を見てお勉強したいです。

 

まだBUTTER読んでない。ゆとりも。。。

 

スウィート17モンスター 

友達もいない、恋愛もしてない、うだつの上がらない学生生活。唯一の親友クリスタの存在がネイディーンのすべてだった。

それとは対照的な、幼い頃からの「リア充」である兄がクリスタを奪ってしまったことには、そりゃあ、ネイディーン、めちゃめちゃに傷つく。

おかげで独りぼっちになってしまった彼女の悲劇のヒロインぶりは加速し、「同級生はスマホ見てばっかりでつまんない、私は古い人間よ、古い映画が好きだし古い大人が好き。」と、学校の昼休みに先生に愚痴り、次第に先生をもハゲだの何だのとディスり始める(笑)

この、周りを否定しまくって自分を保つ感じ、でもきっと頭ではそれをちょっと自覚してる感じが、この映画のキュン青春ポイントだなぁ。

 

最終的に、自分に好意をむけていたアーウィンを受けいれるようになる。
それは、ある出来事をきっかけに自分の自己中さや傲慢さを認めることができたから。

自分を受けいれられた事によって、これまで何かと理由をつけて否定し拒み続けた周囲の人も認められるようになった。 

大嫌いな兄や親友のクリスタ、喧嘩したお母さん、アーウィンたちが、好意や心配など様々な観点であれど、ネイディーンを肯定してくれるまなざしがあったわけである。ネイディーンは決して独りぼっちではなかった。そこに気づけたから、彼女は自分を肯定し周りを理解する事ができたんだと思う。

 

向けてくれているまなざしを理解するかどうかは、嫌な自分を認めることになるから難しい、そこに惑うのが青春なのかも、なはんて。

 

鑑賞:『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

東京の生きづらさと、それでも生きていく人々の拠り所を描いた映画でした。

建築現場で荷物運びの仕事をするとにかく金がない池松壮亮(よく喋る)と、看護師をしながらガールズバーでアルバイトをしている石橋静河

ブルーカラーのいわゆる「労働者」っぽい池松壮亮より石橋静河の方がひねくれていて、素直な行動をとる彼がとても綺麗だと思いました。人間が感情のままに行動するところに私は心を揺さぶられます。

言いたいことをまくし立てるように話そうとするも上手く伝えられないところ、それなのに「黙れ」と言われてもずっと何かを喋ってるところ、「会いたい」と思い立った瞬間メールを送るところ、驚いた時には必ず「えっ」て口に出てしまうところ、「走って行く」と電話しちゃうところ、「好き」って口をついてしまったら「言っちゃった。」というところ、池松壮亮の一挙手一投足が、意図がなくて感情的で純粋で、騒がしい東京に不釣り合いだと感じました。

なんども人が死ぬシーンが登場します。カーテンが閉められ姿が見えない、上司は仕事現場で死んだ雇用者の葬式で早々に帰る、母の死因を説明しない、隣人の死に気づかない。誰も死に直面した時に、それをちゃんと見ていない。石橋静河の「半分見えてるだけで上出来だよ」というセリフがリフレインします。

飛行船や青い月など、登場人物が見上げてその存在に気づくというシーンがいくつかあります。普段みえてないことが社会にはあちこちに散らばっていて、それは社会のシステムの綻びかもしれないし、逆に希望かもしれないと思いました。私はその綻びにのまれたくないな。

この映画では人が好きという気持ちが、人の拠り所として描かれていました。

セックスレスだの不倫だの離婚だの、結婚や夫婦の理想はどれなのだろうと模索している時代な気がします。でも、やっぱりどきどきは止められないし、好きという気持ちはどうしても人の拠り所になっちゃうんだと思います。非合理的な感情を、結婚や家族を引き合いに出してそこに合理性を求めてしまうから、破綻してしまうんじゃないかと思います。

もっと感情を感情として、受け容れる寛容さをもっていてほしいです。それは結婚という感情始まりで結ばれる制度についてだけでなく。どうか、イタいとか、言わないでほしい。