鑑賞:『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

東京の生きづらさと、それでも生きていく人々の拠り所を描いた映画でした。

建築現場で荷物運びの仕事をするとにかく金がない池松壮亮(よく喋る)と、看護師をしながらガールズバーでアルバイトをしている石橋静河

ブルーカラーのいわゆる「労働者」っぽい池松壮亮より石橋静河の方がひねくれていて、素直な行動をとる彼がとても綺麗だと思いました。人間が感情のままに行動するところに私は心を揺さぶられます。

言いたいことをまくし立てるように話そうとするも上手く伝えられないところ、それなのに「黙れ」と言われてもずっと何かを喋ってるところ、「会いたい」と思い立った瞬間メールを送るところ、驚いた時には必ず「えっ」て口に出てしまうところ、「走って行く」と電話しちゃうところ、「好き」って口をついてしまったら「言っちゃった。」というところ、池松壮亮の一挙手一投足が、意図がなくて感情的で純粋で、騒がしい東京に不釣り合いだと感じました。

なんども人が死ぬシーンが登場します。カーテンが閉められ姿が見えない、上司は仕事現場で死んだ雇用者の葬式で早々に帰る、母の死因を説明しない、隣人の死に気づかない。誰も死に直面した時に、それをちゃんと見ていない。石橋静河の「半分見えてるだけで上出来だよ」というセリフがリフレインします。

飛行船や青い月など、登場人物が見上げてその存在に気づくというシーンがいくつかあります。普段みえてないことが社会にはあちこちに散らばっていて、それは社会のシステムの綻びかもしれないし、逆に希望かもしれないと思いました。私はその綻びにのまれたくないな。

この映画では人が好きという気持ちが、人の拠り所として描かれていました。

セックスレスだの不倫だの離婚だの、結婚や夫婦の理想はどれなのだろうと模索している時代な気がします。でも、やっぱりどきどきは止められないし、好きという気持ちはどうしても人の拠り所になっちゃうんだと思います。非合理的な感情を、結婚や家族を引き合いに出してそこに合理性を求めてしまうから、破綻してしまうんじゃないかと思います。

もっと感情を感情として、受け容れる寛容さをもっていてほしいです。それは結婚という感情始まりで結ばれる制度についてだけでなく。どうか、イタいとか、言わないでほしい。